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崇物の三輪の神山 雲湧けり

  • 執筆者の写真: synchronicity64
    synchronicity64
  • 8月7日
  • 読了時間: 2分

岡田武彦先生の『崇物論―日本的思考―』と三輪山


 

 奈良・桜井の地に聳える三輪山。この山を前にしたとき、私は岡田武彦先生が晩年に説かれた「崇物(すうぶつ)」という思想を思い出しました。

 岡田武彦先生は、晩年の著書『崇物論―日本的思考―』において、人間だけを中心に考えるのではなく、人を敬い、物を敬い、自然を敬い、天地万物と共に生きることを日本的思考の根底に据えました。「崇物」とは、単に物質としての「物」を大切にするという意味ではありません。人間も自然も含め、天地の間に存在するものを尊び、その生命や存在に対して敬虔な心を持つことです。岡田先生は「敬虔の心こそが万物を一体とする」と説き、「人と共に悲しみ、人と共に喜ぶ。そして自然と共に生きる」という方向に崇物の思想を展開されました。(岡田武彦 その哲学と陽明学)


 この「崇物」という思想を象徴する場所の一つが、私には三輪山のように思われます。三輪山は古来、大物主大神が鎮まる神聖な山として崇敬されてきました。大神神社では、一般的な神社のように本殿の建物の中に神を祀るのではなく、三輪山そのものを御神体として拝します。山に神が宿るというより、山そのものを神聖な存在として仰ぐ、日本古来の原初的な神祀りの姿を今日まで伝えています。(大和国一之宮 三輪明神 大神神社(おおみわじんじゃ))

ここには、人間と自然を切り離して考えない日本人の精神が表れています。

 山を征服するのではなく、山を仰ぐ。自然を利用するだけではなく、自然を敬う。万物を人間のための手段として見るのではなく、その存在そのものを尊ぶ。それが、岡田先生のいう「崇物」の精神と深く響き合います。


 三輪山を仰いでいると、山の稜線から白い雲が次々と湧き上がってきました。その光景は、山が静かに呼吸し、天地の生命が目の前に現れてくるかのようでした。

そこで生まれたのが、


「崇物の 三輪の神山 雲湧けり」


という一句です。


 「崇物」は岡田武彦先生の思想を、「三輪の神山」は日本古来の自然崇敬を、そして「雲湧けり」は、今まさに目の前で動いている天地自然の生命を表しました。

人間と自然は別々に存在しているのではない。山も、雲も、人も、天地の大きな生命の中にある。

三輪山を仰ぎながら、岡田武彦先生が晩年に到達された「崇物」

天地万物を敬い、万物と共に生きる思想を、あらためて実感しました。

この俳句には、そのとき私が感じた岡田武彦先生の思想と、日本古来の三輪山信仰との響き合いを込めています。

大神神社
大神神社


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